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2026/05/15  カテゴリー/

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すいこうというもの

2010/03/08  カテゴリー/随筆

前セメ日本語のクラスにボランティアとして行ってたんだけど
その時の先生から、添削の依頼がきました。

多分一番下のクラスの子のエッセイなんだろうけど、
なんだかすごく…奮闘しました。

アメリカに住んでるし特定とかされるはずもないと思うので公開させてください。


届いた内容:

私は十九さいにそだて た ぶんかについてはなせる。たくさんの人はちかうくと わける ことについてはなす、けど 私は 人が にている について はなしたい。りょうしん がありました。アメリカ人ですから、どくりつきねんび や サンクスギビングデー は セント アントニのデー と おなぎ かんじょう がでる。 たくさんの日本のりょうこにしゅくじつをいれうおがすきでした。イタラアとアメリカと日本のぶんかはでんとうでかぞくのきずをつよくします。
ぜんぶのぶんか は かそくが きょうきゅう できる な ゆじょ と はけまし と あいじょう が みとめます。イタリアのぶんか は ぞふぼはでんとう をもっている から すんけする。日本のぶんか に ようしうえお人 はけんめい な 先生。アメリカのぶんかにそふぼかそくをしじします。 ぜんぶんのぶんかはしんせき は いつも かんけいされます。
この ぶんか うまい しくぎょがほしいです。日本で私は 聞きました、“何にをべんきょうしますか?”私はと日本人のともだち は 学校と仕事をはなすと言ってました。私のイタリアのかそく は たくさん 人 はじまりました 人の会社。アメリカのともだち ことずけ私、ともだちのゆめ と ねつぼ を はなします。

たくさん 私の もんだい は めいはく でも 何で たくさん 人 ちがいますをはなしますか?わたくし ちがい は すこし と たくさんるいじ。 わたくし  は わらいがすきで、ないてをかなしいです。 よろこ あかちゃん を 見ています。きずかい私はしらない。 いつ人はぶんかをしらない、わたくしはしたほ しちゅしてとわかります。 たぶん 私はむじゃき でも たくさん インターネット ソース ぶんかをわかります。ことばはがっぺい ほしいです。 しょらい わたくしの 子どもたち りえき。


___________________________________



…(゜p゜)

エキサイト翻訳か何かかと思いました。
とりあえず元にした英語のエッセイを見せてもらって、
あまり難しすぎる言葉や漢字は避けて添削したのがこれ


私は十九才ですが、自分が育った三つの文化について話すことができます。たいていの人はそれぞれの文化の違いについて話しますが、私は似ているところについて話したいと思います。100%イタリア人として伝統的な環境で育ちましたが、私の両親はアメリカ人ですから、私も独立記念日やサンクスギビングデー、セント・アントニーデーには彼らと同じように強い感情を持つようになりました。また旅行で日本へ行った時は、日本伝統の祝日の祝い方を楽しみました。イタリア、アメリカ、日本の文化はそれぞれの伝統を通して家族の絆を強くします。
 
すべての文化は家族が共有できる友情とはげましと愛情をもっているということに気がつきました。イタリアの文化では、祖父母は伝統を受け継いでいる人達として尊敬します。日本の文化では、お年寄りは賢明であり先生とされます。アメリカの文化では、祖父母は彼らの孫の面倒をよく見、家族を支えます。すべての文化で、親戚という存在がいつも関係しています。
 
その他の類似点として、「職業」があります。日本にいるとき、わたしは何度も何のために学校へ行くのかと聞かれました。友達と遊んでいるときも、学校や仕事のことについて話しました。イタリアの家族のほとんどが彼ら自身のビジネスを始めることに成功したし、アメリカの友達は将来の夢や仕事の野望についてメールを送ってきます。
 
私が話したことは、すでに明白だと思うかもしれません。しかし、明白だというのなら、どうしてたくさんの人が、私たちがどのように違うかについて話しあうのでしょうか。私は、私たちは似ているところをたくさんもっていて、違うところは少ししかないのだと思います。私たちは笑うことが好きで、悲しいと泣きます。赤ちゃんが生まれるとよろこぶし、知らないことには不安になります。私たちは無知かもしれませんが、こんにちのテクノロジーを使えば、インターネットを通して他国の文化を理解することができるはずです。私は将来世界がひとつになって、みんなが共に暮らしていくことを楽しみにしています。

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絶対元の文章からは想像できん内容やろ!笑
てか原文読んでも言いたい事がまとまってないので、意味のわからなさは私のせいじゃない。笑

難しいであろう言葉を避けると文章がぎこちなくなってしまうなぁ。
けどまぁ奴らにはクオリティなんてどうせわからんやろと思って妥協。
これでも多分難しすぎるんやろなぁ。
もう知らん。
先生とか絶対なれないわー
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初コンサート 4コマ

2010/03/02  カテゴリー/絵

超高級老人ホームで人生初コンサート!
4コマ日記を描いてみました


タイトル: わたしの担当楽器










わたしスタンド係かーーーーーーーーーーい



練習ではサステインドシンバルっていう、ドラムセットのシンバルがあるのに
機材搬送のトラックのキャパシティーの関係により持ってこれなかった模様。
ので両手でガシャーン!!と叩くクラッシュシンバルの片方をわたしが持って
タイラックがそれをスティックで叩く、というなんとも滑稽なことに。

緊張からか重さからか腕プルプルするし…。


これだけがわたしの仕事ではありませんからねっ一応言っとくと!!笑
マラカスとかトライアングルとかウッドブロックとかカウベルとか、
もう一人のパーカッショニスト、タイラックと二人で頑張りました。
練習で一回もやった事ないようなんいきなりさせられてびびった。

大体、みんなは経験あるから余裕なんやろうけど、
わたしは人生初の出来事に超不安やったのに本番2日前の練習でも
誰が出席するとか、わたしはどの楽器するとか知らされなかったし、
しかも本番30分位まえに「わたし何の楽器するんですか」って聞いたら
「んー多分トライアングルとか」って。


「多分」って

「とか」って!!



超適当で、こっちも力が抜けました。
あ、ゆるい感じでいーんだーって不安が吹き飛んだ感じ。

実際始まったらオーディエンスは優しいしすっごい楽しかった!^^
聴いてたらタイラックも結構ミスするし安心した^^笑




今日のまとめ: タキシード姿はかっこいい

ぶんかさい

2010/02/28  カテゴリー/日記


Premiere Day
February 20, 2010
Performances by Vista High School : Choir
Drama
Musical Theatre
 
というのに行って来た^^
ホストシスターのクリステルが合唱部のリーダーさんだから
ママと一緒に観に行ってきました!
おもしろかった!

 Vista High Choir

                         



これはアメリカで人気のUmbrella /C. Stewart and K. Harrel を歌ってるとこ
綺麗な水色の衣装に黒の傘がオシャレ!


やっぱりアメリカは本格的の実践的やねー
なんでも、学校が部費を寄付しないので、自分たちで稼ごうと色々と工夫してるらしいのです。

まずこの文化祭的なもの、入場料が一人10ドルくらい。
でもそんぐらい価値はあると思う。ショーも面白かったし、しかもディナー付き。

あと合間合間にオークションがある。

その商品自体は、企業や身内がスポンサー的な感じで提供してる。

サイレントオークションってのが初耳やった。


商品の横に紙が置いてあって締切まで名前と値段をつけてく。
ライブオークションも見るの初めてで興奮した!
思ってたのとちゃうかった。

あと体育館に電光掲示板が普通にでかでかとあった。あのよくバスケとかで使われるやつ。
かっけー!ってなった。

楽しかったなー!!

 クリステルと彼氏のディラン

Memoirs of a Geisha

2010/02/21  カテゴリー/レビュー

Memoirs of a Geisha という本を読みました。
Arthur Golden によって1997年にアメリカで出版され、ベストセラーと言われるまでに売上を伸ばした
日本の「芸者」についてを語った本。
アメリカでこれほどまでに有名なのに、わたしはその事実を全く知らず
「芸者」の意もあやふやでした。

あらすじ :

    9歳にして祇園へ売り飛ばされたチヨ。最初は逃げ出す事ばかりを考えていたが、ある日素敵な男性を見つけ、その人に気に入られるような芸者になりたいと思うようになる。その後熱心に稽古に励んだ芸名サユリは立派な、歴史に残る偉大な芸者へと成長する。戦争や苦難、不幸もあったが割とうまいこと事が運んで、最終的には20年以上も想いを寄せ続けた理想の男性を旦那として持つことを許される。仕事の都合上渡米する事が多かった旦那様について回るうち、アメリカニューヨークで自分の茶屋を持つ事を考えるようになる。強い志で開店したサユリの茶屋は大成功と言え、サユリ自身が芸者を引退した後も引き継がれ、語り継がれていった。


おわり。すっげートントン拍子に、うまいこと事が運んでるんよ。
サユリ本人が作者Arthurに人生を語り、それを彼が本にしたっていうノンフィクションものやけど、
きっとどこかで美化とか入ってるよね。語り手サユリ本人は60歳とかやった訳やし。

でも、芸者とは何かという勉強ができました。
日本にいる時は芸者って、芸ができるすぐれた人達でしょって思ってて
アメリカ人の「芸者?キャバ嬢のことでしょ(失笑)」っていう反応にムッとしてたりしたんやけど
この本を読んで理解した。そんであながち間違ってない。

今でも京都に行くと見かける舞妓さんが、同じような生活を送ってるかは知らんけど
少なくともこのサユリの時代は、毎晩何十と開かれるお茶会に次から次へと参加して
経済力の高い男の人に気に入られるよう努力し、
最終的には「旦那様」という名の経済支援者を手に入れ、
旦那からの支援とともに生活を続ける、っていうのが芸者でした。


もちろん「芸」者というのだから、多彩な芸も身につけなければいけません。
舞や三味線の演奏、高い授業料を払って毎日、芸者になる前もなった後も学校へ通うのです。
その授業料は、所属する置屋から払われ、お茶会などで稼いだ賃金で返済していきます。
旦那がついた後は、その旦那が授業料から着物代、生活費まで支払ってくれるようになります。
一流の芸者になるには、「旦那」という愛人関係は必要不可欠なものでした。

もちろん性関係もつきものですが、
とりわけ初めての性交渉は「みずあげ」と呼ばれる重大なものでした。
なんせ処女をささげるのですから、その芸者がお気に入りの男性は
たった一度の機会を手にいれようと惜しみなくお金を積み上げます。
当時13~15歳程度の少女のみずあげを手に入れようと
30代40代、ましてや50代の男性が何十、何百万とお金を積み上げるというのだから
わたしなんかは何か狂気じみたものを感じてしまいます。
当の芸者本人には選択権はまるでなく、
ただお金を一番多く支払ってくれる人に身をゆだねる他ありませんでした。

主人公サユリは、純日本人でありながら、母譲りのアイスグレーの瞳を持つ魅力的な女性でした。
ロマンチックで言葉回しも個性的、稽古にも熱心に励む立派な女性でしたから
多くの男性の心を掴み、偉大な芸者の一人として歴史に名を刻んだのだと思います。

わたし自身もすごく芸者というものに興味が湧いて、色々調べたりしたのですが、
登場人物サユリ、マメハ、ハツモモなどをネット上で検索する事はできませんでした。
ハリウッドで撮られた映画もあるというので、今週末はそれを観て過ごします。

なんか途中で口調が変わってしまった

Happy Valentine!

2010/02/15  カテゴリー/絵



最近Pixiaという無料お絵かきソフトを使ってます。
このエルモはペイントとそのPixiaを使って2時間程で描きました

エルモかわいすぎる
日本に帰った時におとーさんにUFOキャッチャーでとってもらったベイビーエルモがかわいすぎて
家の中で(たまに友達の家でも)連れまわしてます。

今日はバレンタインです!
エナと映画観たよ^^しかもクリスマスの映画^^

なんかこっちでは本格的愛を確かめ合う日なので
男の子とは気軽に遊びに行けず。
い、一応お誘いはいくつかあったんだからっ(汗)

ホストパパママはデートに行ってるので今ベビーシッターさんが来てます。
昨日やってくれないかって言われてたんやけど、
コンサート行こうと思ってたから断ってしまいました。
1晩ガキどもに付き合うだけで20ドル。まぁ時給にしたら安すぎやけど。
結局コンサートやめたし受けとけばよかった!

追記